掃除
最近、掃除を始めた。掃除といっても家の中ではなく外だ。
家の近くに遠州灘海岸があり、たまに散歩に出かける。今まではあまり気にしていなかったのだが、注意して見ると以外とゴミが落ちていたりする。浜に来た人が捨てていくのか海から流れ着くのかはよくわからないが、いろんなゴミがある。
散歩がてら砂浜に出かけていって、目に付くゴミを拾って帰る。ただそれだけのことだ。
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最近、掃除を始めた。掃除といっても家の中ではなく外だ。
家の近くに遠州灘海岸があり、たまに散歩に出かける。今まではあまり気にしていなかったのだが、注意して見ると以外とゴミが落ちていたりする。浜に来た人が捨てていくのか海から流れ着くのかはよくわからないが、いろんなゴミがある。
散歩がてら砂浜に出かけていって、目に付くゴミを拾って帰る。ただそれだけのことだ。
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昨日、娘が通信簿を持って帰ってきた。通信簿は学期の終わり(夏休み前、冬休み前、学年末)に3回渡されるものだと思っていたが、娘の通う小学校では年2回だけらしい。通信簿も子供にただ渡すというのではなく、三者面談という形をとって渡されるらしい。
さて、この三者面談には妻が行ったのだが、親子ともども極度に緊張したということだ。
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自動車事故に遭い、その相手が無保険だった場合どうなるか。
T字の交差点を直進していたら、前から来た車が右折してきた。こちらが交差点にもうすぐ差し掛かるというタイミングで右折されたので、ブレーキを掛ける間もなく衝突。両車両とも前面大破し、廃車確定。こちらは無傷で、相手は肋骨にひびが入る重症を負う。こちらは自賠責・任意保険に加入しており、相手は車検の切れた車に乗っていた(自賠責・任意ともに加入していない。いわゆる無保険)。
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車を運転しているとたまに「この車の後ろにはいたくないな…」と思わせる車が走っている。自分にとっては、「やたらにブレーキを踏む人」だったり、「極端に遅いスピードで走る人」だったりするわけだが。そういう車の後ろを走っていて何度か追突しそうになり、実際一度追突した。このときは大した事故ではなかった…と自分では思っている。当てた側としては、コツンという音がしたというレベルの事故だ。人身事故ではない。警察に届け、後の処理は保険会社同士でやり取りをしてもらい解決した。…その事故はもうかれこれ6年以上前の出来事なのだが、その後2件の事故を起こした。
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車で移動中に警察官が四つ角に立っているのを見かけた。その四つ角は信号機がない場所で、止まれの標識が全方向に立っている。一本の道は片側1車線の道路で道幅は広い。もう1本の道は中央に車線のない狭い道路である。警察官は狭い道路にいて、広い道からは見にくいような位置で交差点を凝視している。私は狭い道を走っていて、警官の後姿を見るような形になっていた。
「あ、警察だ。一旦停止無視の車両を捕まえようとしているな。」と直感する。
私にとって、交通違反の取り締まりに引っかかることほど気分がブルーになることはない。
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大学時代、実家へ帰省する時にはよく普通列車を利用していた。長期休みには、アパートに居てもでボーっとしているのがオチなので、必ずと言っていいほど帰省していた。帰るのに当然お金がかかるわけで、旅費を節約するために青春18切符を使っていた。旅費を節約するのもそうなのだが、実は普通列車に乗って帰るのが好きだったという理由もある。
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我が家のベランダには、鉢植えの花が並んでいる。娘が学校から持ち帰った朝顔、妻が友人から誕生日プレセントとしてもらったハイビスカス、名前が分からない花・・・。妻は花が好きなようで、まめに手入れをしているようだ。私は花が嫌いではないものの、買って来てまで育てようなどという気にまではならない。が、かつて非常に興味をもった植物があり、思わず買って育てたものがある。ハエトリグサだ。
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夏場になると水の事故で亡くなる方が毎年出る。水は怖い。私は釣りが好きなので川や海に行くことがあるのだが、川や海で泳ぐことはめったにない。また、プールに泳ぎに行く事もほとんどない。理由は単純で、「泳げないから」だ。昔から比較的勉強はできた方だと思っているが、体育はからっきしダメだった。特に水泳は。
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8月2日(土)~3日(日)にかけて、富士登山に行ってきた。富士宮口には午後6時頃着いた。下界はくもりだったので、「もしかして富士山は雨か」と思っていたが新5合は晴れだった。来週の土曜(9日~)はマイカー規制が始まるので、自家用車で来ることが出来る最後の週末だ。車が多い。新5合の駐車場に着くまでに、警備のおじさんに止められ30分ぐらい待つ。登山口近くの駐車スペースを運よく見つけられた。
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今から30年以上も昔の話。私が小学校にあがると同時に母親が外に働きに出かけるようになった。それまでは内職をやっていて、朝から晩までミシン仕事をしていた。幼稚園は終わる時間が早いので、働きに出ようと思っても難しかったのだろう。私には2才年上の姉がいるのだが、彼女は当時そろばん塾に通っており、私が帰宅しても家にいないことがあった。母親が働き始めたため、私は家の鍵を持つことになった。「鍵っ子」というやつだ。
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梅雨も明けて(明ける前から)暑い日が続いている。そろそろ例の時期が近づいてきた。そう、富士登山である。例年この時期に富士登山をするようになったのだが、今回で3回目だ。第1回目の富士登山はとんでもない目にあったのだが、2回目の登山は実に良かった。やはり悲惨な経験をすれば、学習するのだ。
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先日、妻がセミの幼虫を持ち帰ってきた。道を歩いているとセミの幼虫がいて、蟻がたかっていた。死んでいるのかと思ったが、よく見ると足が動いている。そのまま放っておくと蟻に食べられてしまう。かわいそうなので持ち帰ったとの事。そのセミの幼虫、明らかに弱っていて、とても脱皮して成虫になりそうにない。
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私は大学を卒業するのと同時期にタバコをやめた。法令に則って20歳を過ぎてから興味本位で吸い始めたのだが、2~3年過ぎてやめてしまった。吸い始めるにも特別な理由があったわけでもなく、やめるにも特に理由があったわけではない。強いて言えば、あるときタバコがまずく感じられたから、といったところか。
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中学1年から眼鏡をかけはじめて20年以上経った。現在の視力は0.05ぐらいか。かなり視力が悪い。視力が悪くなればなるほど眼鏡のレンズが厚くなるため、眼鏡も重くなる。鼻が低いせいか、または汗かきだからなのか眼鏡がずり落ちる。コンタクトにしたらいいのに、と言われるがどうもコンタクトレンズというものに抵抗がある。
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趣味で魚をとるのと生活のために魚をとるのでは、同じ「魚を捕まえる」にしても意味合いが違う。ニュースで、イカ釣り漁船が燃料費高騰で休漁したとか、7月15日に全国の漁業団体が燃料費高騰を理由に休漁するとか聞いた。
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我が家は私も妻も仕事を持っているため、娘を学童保育に預けている。学校の授業が終わってから午後6時まで(お迎えは5時50分頃まで)、学校の一室で子供を預かってくれる。預かってくれるのは1年生から3年生までの児童なのだが、結構にぎわっている。共働きの親が多いのだろう。
時々、娘が学童の部屋から本を借りてきては読んでいる。
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娘の通う小学校では今日から水泳の授業が行われるらしく、しばらく前から水着を取り出しては「水着を着る。水着を着る!」とやかましかった。学校で購入したいわゆる「スクール水着」というやつだが、自分の記憶に残るそれとは違っている。
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先日小学1年生の娘が「算数」につまずいているらしいというので、どんなものかと思ってみてあげたのだが、実際は「算数」よりも「国語」の方がまずいのでは・・・と感じた。問題が何を言わんとしているのかよく分かっていないようだし、私が説明しても「わからない」と言う。
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妻がこう切り出した。「〇〇ちゃん(娘)は、どうも算数がわからないらしい。」
私「は?」
妻「この前、参観会があって・・・算数の授業だったんだけど、手を挙げなかった。『何で手を挙げなかったの?』って聞いたら、『わからなかった』って答えたの・・・。ねぇ、教えてあげてくれない?」
私「なぜ、俺が?」
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雨が降ると憂鬱な気分になる方も多いと思うのだが、私にとって雨はそんなに悪いものでもない。その理由は・・・雨が降ると車がきれいになるため、だ。
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先日、娘が散歩に行きたいと言うのでイヤイヤ出かけた。面倒臭がりでインドア派の私にとって、散歩をするよりは家でゴロゴロしていたほうが余程いい。しかし、「パパと行きたい!」と言い張るので観念した。
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妻の体調が悪いようで、帰ってきたら倒れこんだ。「頭が痛い。熱がある。」といって、横になっている。妻が倒れているということは・・・家事を自分がしなければならないということだ。家事など大学を卒業して以来、いつやっただろうか・・・というぐらい久しぶりのことである。
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ニュースで今日(5月1日)からガソリンが再値上げされると報道されていた。ガソリンが値上げされる前に給油をしようと考えていたのだが、ひいきにしているガソリンスタンドの近くを通る度に給油待ちの車が長い列をつくっていた。あるガソリンスタンドは「売り切れ」でロープが張ってあった。「まあ、いいや」と思っているうち、とうとう5月1日を迎えてしまった。
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つい先日、自分の親知らずが虫歯になって痛んだので近くの歯医者に抜いてもらったのだが、今日は娘が歯を抜かれた。下の歯がぐらぐらしていたらしいのだが、自然には抜けずにいた。歯医者には「1週間経っても抜けない場合には抜歯します」と宣言されていたようで、今日がその期限日だったらしい。そのまま放っておいても抜けるのだろうが、抜かずにいると永久歯の生え具合に影響が出るのだそうだ。
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人はどこからきて、何をし、どこへ行くのかといったことを考える。自分も「死んだらどうなるのか」、「自分が生きることに何の意味があるのか」などを考えたことはある。中学の頃だったと思う。結論はそう易々と出るものでもないし、深刻に考えていたわけでもないので、そのうちそんなことは考えなくなった。
高校に入って、英語担当教師が無料の聖書を配った。
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数日前から、左下の奥歯が痛み出した。前回歯の治療をしたのは、もう3年程前になるだろうか。引越しをしたので、以前通っていた歯医者ではなく、近くの歯医者に行った。
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東名を走る時に富士川SAで休憩をとることが多い。ここからは富士山がよく見えるのだが、富士山を見ると思い出すことがある。
ここ2年ばかり夏に富士登山をしている。行きたいからではなく、子供達(中高生)の引率でである。どちらかと言えば、登山は嫌いだ。運動はもともと得意ではないし、持久力もない。と言うことで、2年前初めて富士登山をした時は半ば強制的に参加させられた。山頂でご来光をながめることを目的としているため、登り始めは夜10時頃だった。初めての富士登山ということであまり知識もなかったのだが、ライトと合羽と水だけは持っていった。行く前は「富士登山なんて楽勝だ」ぐらいに思っていたのだが、後になってとんでもないものだと思い知った。
車で新5合目に着いたのは午後4時頃で、10時まで車の中で休んでいた。時間になったので外に出てみたのだが、どうも体の調子が悪いような気がする。頭が痛く、足元がふらつくような感じ。高山病の症状らしいことを、後から知った。
ライトを頭に付け、リュックに荷物をつめて背負う。以外に重い。一抹の不安が頭をよぎる。グループの中で一番体力のありそうな高校生男子達と一緒に登り始めたのが大間違いの第一歩であった。ペースが早過ぎる!歩き始めて100メートルも行かないうちに、ずるずると後退しはじめた。息が上がって歩けないため、「先に行ってくれ」とリーダーに言ってしばし休憩。のろのろと歩き始める。登山は自分のペースで登るものだと、後から知った。
夜なので当然まわりは暗い。同じパーティーの人たちとは、どうやら完全にはぐれた。しかし、登山客は多いので道に迷うことはない。上の方を見上げると、登山客のライトで完全なラインが描かれている。足取りはおぼつかないが、まあ何とかなるだろうとまだ考えていた。ところが、雨が降ってきて状況が変わった。合羽を持っていたのでとりあえず着る。時間が経つにつれて、雨はひどくなる一方だ。だんだん体が冷たくなっていくのを感じた。使い古された合羽だったので、防水効果がほとんどなくなっていたことを、後から知った。
雨が降ってどれぐらい経っただろうか、ライトがふいに消えた。電池を換えてもライトはつかない。雨がライトに浸透したようだ。それでも周りにまだ登山客がいたので、彼らの明かりを頼りにしばらくは登った。しかし、雨が浸透して体が冷え、高山病で具合が悪く、ライトがつかず、仲間はいないという状況になり、しばし座り込んでしまった。夜も遅くなってくると登山客の数が自分の周りから減り始め、その代わり夜の闇が濃くなっていった。ところで、家に帰ってライトをつけたらなんと何の問題もなくつくではないか!!壊れていなかったことを、後で知った。
ここにきて、登るか降りるかの選択を迫られているような気になり、またしばらく考え込んだ。あたりは真の闇である。行くにしても帰るにしても、危険極まりない。かといって大降りの雨に打たれながら、朝が来るのを待つという選択肢は頭になかった。結論は「降りる」とでた。結論が出ると行動は早かった。すぐ引き返す。が、道が全く分からない。頼みの綱は、登山道に張ってあるロープのみ。「俺はこんなところで、死ぬわけにはいかん」と心でつぶやきながら、トボトボ降りる。しばらく降りていって、はたと困った。「ロープがない」。行くに行けず、帰るに帰れない。終わった、と思った。
何気なく上を見上げると、ライトが何個かだんだん近づいてくるように見えた。「おお!助かった!」その一団が近くに来たので、彼らが通り過ぎた後、自分も彼らにくっついて降り始めた。ロープはなかったが、彼らのライトのお陰で「ロープなしゾーン」をうまく回避できた。「本当にありがとうございました!」と天と彼らに心の中でつぶやいた。
「後は楽勝で下山した」とはお世辞にも言えず、何度か転んだり躓いたりしながら転がるようにして帰った。
教訓 「富士登山、なめたらアカン」
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昨日、子供の参観会があったので参加してみた。日曜日に参観会があるといわれて、「へぇ、休みを返上して授業をやるようになったか」と感心した(もちろん、代休はあるのだが)。小学校の全学年で参観会が行われた。自分は用事で参観会にしか参加しなかったが、その後、教育方針の説明やPTAの総会が開かれたようである。
日曜日だけあって今回もお父さんの参加が多かったように思う。家族総出で来ていたところもあるようだ。私の持つ参観会のイメージといったら、まず参観会は平日に行われるものであり、見に来るのはお母さん達だけで、子供達は教室の後ろにずらっと並んでいるお母さん達の視線を感じつつ緊張して授業を受ける、といったところだろうか。今回の参観会はそのイメージとは違ったものだった。
参観会は国語の授業であった。何をするのか興味津々で参加したのだが、内容は子供達同士での「名刺交換」をするというものだ。自分でカードに「いちねん ○○○○(氏名)」と書き、自分の好きなものを2つ絵で描く。それをクラスの友達に渡すというものだ。カードは3枚ある。先生の指示は、クラスであまり話したことのない友達に渡すこと。そのうち最低1枚は異性の友達に渡すこと。渡す時には、「○○○○(氏名)です。○○と○○が好きです。よろしくお願いします」と言うこと、の3点である。
親としては自分の娘がやはり気になる。どういう動きをするのかと思って見ていると、クラスの中をうろうろするだけで一向に名刺交換をする気配がない。「一体何をしているのだ!」と段々イライラしてくるのだが、見ているより他はない。それでも最後には先生の手を借り名刺交換を無事終えたようだ。やれやれである。
しかし、子供というのは面白いもので名刺交換ひとつするにしても個性が現れる。名刺交換が始まった瞬間に女の子のところにダッシュして、おもむろに手をつかみ名刺を交換する男の子。彼は結局女の子としか名刺交換をしていなかった・・・。逆に、女の子としか名刺交換が出来ないといっている女の子。明らかに何もしていない(出来ない)子。実に様々である。
もし、自分がこれをやっていたら・・・まず間違いなく、もじもじ君になっていたハズだ。
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しばらく使わずに放って置いたカバンの中を整理していたら手帳が出てきた。2007年の手帳なのだが、パラパラとめくって見ても何も書いていない。新品同様である。
自分で手帳を買うことはめったになく、この手帳も自分で買ったものではない。なぜ買わないかといえば理由は簡単で「使わないから」である。年が改まって去年の手帳を見る度に、「あぁ、また使わなかったな。」という感想を毎年もらしている。手帳は予定を書き込んだり、メモ帳代わり使ったりなど用途は広いと思うし、手帳がないと何も始まらないという方も多いだろう。しかし、自分には記録を残すという習慣がない。
記録を残す習慣のない自分が、過去に一度だけ日記をつけたことがあった。きっかけは大学の入学式の時に、記念品としてもらった分厚い日記帳のようなものである。その日記帳は、大学生活の記録を残しておこうかな・・・という気にさせた。大学の授業が始まったその日から、三行ほどの日記をつけ始めた。何日続いただろうか。気が付いたら、その日記帳の所在が分からなくなっていた。つまり、日記をつけることがなくなり、日記帳自体がどこかに行ってしまった・・・ということだ。アパートを引き払う時、その日記帳がひょっこり出てきた。今はその日記帳も完全に紛失したが、記憶をたどると5月を待たずに日記は途絶えていたように思う。
記録を残す習慣のない自分がブログを始めた。始めて何日かは毎日更新しようと努力したわけだが、やはりそれは無理な相談だったようである。一週間に一回更新できればいいか、と思うようになった。これが一ヶ月となり、一年となり・・・いずれ更新しなくなる。そうならなければいいな、とは思うが自信はない。
さて今年の手帳だが過去の経験を生かして買いもしなかったし、もらうこともなかった。来年は”後悔”をしなくて済むだろう。
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新聞で変換ミスの年間賞は「馬食い家内が象サイズになった(うまくいかない画像サイズになった)」との記事が出ていた。パソコンや携帯電話の文字入力で生まれる秀逸な“漢字変換ミス”を集めた「変漢ミスコンテスト」・・・というのがあるらしい。
私がまだ大学生だった頃、レポートや論文の提出はワープロを使っていた。変換ミスなどは頻繁にあり、しかも訳の分からない変換をしてくれるので、締切時間にいつも追われていた自分はいつもイライラしながら画面に向かっていた。当時は”秀逸な変換ミス”を楽しむ余裕はなかったが、「東海銀行」を「倒壊銀行」と変換した時には思わず笑ってしまった。
「馬食い家内が象サイズになった」という変換ミスが年間賞をとったのは、世の夫達の共感を得たためであろう。かく言う我が家も、その通りである。
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今日は小学校の入学式だった。うちの娘も今日から小学生になった。学校は家から歩いて10分ほどだが、今日初めて娘の通う学校の校内に入った。新一年生の数は50名で2クラスしかなく、そのうち外国の方(ブラジル人であろうか)が6人ほどいた。ご父兄の方たちを眺めると、ご夫婦で入学式に参加されている方が以外に多かった。自分もそのうちの一人である。
自分が小学校に入学した時のことを考えると、お父さんが入学式に来ていた家庭は少なかったのではないかと思う。仕事を優先される方が多かったのかとも思うが。それから入学する児童数も多かった。実際、1年生は確か6クラス(1クラス40人はいた)あった。そして、外国の方は1学年で1人いたかどうかである。こういうことを考えると、少子化とか在留外国人の増加が目に見えるようになる。
入学式が終わり、教室で配布物の確認だとか何だとかやっているうちに11時。写真の撮影を終わって、帰宅。配布されたものを全部娘のランドセルに放り込んで、彼女に背負わせたら重いの何のと文句タラタラである。本当に学校へ行けるのかと思ったりするが、まあ何とかなるだろう。
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久しぶりにボウリングをやった。2ゲームを投げてアベレージ120後半といったところだった。思っていたよりスコアが伸びなかった。
初めてボウリング場に行ったのは中学生の時だった。確か友人が家族でボウリングに行くというので、一緒に行かないかと誘われたと思う。あまりよく覚えてはいないが、100前後のスコアだったと記憶している。結局、高校卒業するまでにボーリングをしたのはこの1回だけだった。
大学に入って、ボウリングのマイブームが訪れた。サークルのメンバー達と授業をサボってはよくボウリングをした。1日5~6ゲームは当たり前で、ある時期ほぼ毎日通っていたような気がする。それだけやってもなかなか上達せず、200以上のスコアは出せなかった。そのうちボウリング熱も冷めてボウリング場から足が遠のいた。
熱中していた当時を思い出してみても、うまくなるような努力というか研究はしていなかったなぁ、と思う。ただ何も考えずに投げているだけというか。ただボウリングが楽しくて仕方がなかった。
今は、当時のように何も考えず面白くて熱中できるようなものを見つけられていない。
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春はあまり好きな季節ではない。気温も暖かくなり、いろいろな花が咲き始める。生命の息吹を感じるよい季節なのだが、「花粉症」を発症してからというもの自分にとっては憂鬱な季節になってしまった。
花粉症には13年前にかかった。当時は名古屋で働いていた。通勤には原付バイクを使っていたのだが、走っていて目のかゆさが気になりだした。その日(2月の終わりごろだったと思う)から、目はかゆい・鼻水が出る・くしゃみが出るなどのアレルギー症状が続いた。「花粉症」という名前が既に聞かれるようになっていたように思うが、自分が花粉症になったという認識はそのときはまだなかった。毎年同じ時期になると決まってくしゃみ・鼻水・目のかゆみといった症状がでるようになり、ああ自分も花粉症患者の仲間入りか、と思うようになった。
花粉症の対策などといっても、市販の鼻炎用カプセルを買ってきて飲む程度。根本的に治療しようなどとも思っていないし、それ以前に花粉症って治るのか?と思っている。そんなことだから13年間花粉症の症状に付き合っているし、この季節が来ると「ああまたか」と憂鬱な気分になる。花粉症ではなかった妻も、どうやら去年あたりから「お仲間入り」を果たしたらしい。ただし、何のアレルギーかは分からない。去年の秋ぐらいに、くしゃみを繰り返し、「しんどい」と言っていた。
花粉の飛散量で症状の出方も変わる。「今年は花粉の量が多い、少ない」で一喜一憂する年月がまだまだ続きそうだ。
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最近は物騒な事件が多い。いつどこで何が起こってもおかしくない、そんな世の中になっている。事件の原因を探る中で注目されるのが容疑者の「家庭」である。家庭環境がすこぶるよく、本当に円満な家庭から凶悪犯がでた、という話はあまり聞かない。逆に「悪かった」というのがほとんどではないかと思う。家庭不和が事件の原因だとは言えないが、何らかの要因になっているのは確かだろう。
「何をやってもよいが警察の世話になることだけはするな」というのが自分の親の言い分であった。それ以外あまり細かいことを言われた記憶はない。今までに警察の手を煩わせたことは何回かあった。交通違反を何回かやり、物損事故を起こしたり、交通事故の被害者になったり等々。一生のうちで全く警察のお世話にならないことは不可能ではないか、と思ったりもする。親の言う「警察の世話」とはもちろんそういう意味ではないのだが。
過去に一度だけ、刑事事件の犯人ではないかと警察から疑われたことがある。大学時代、アパートから最寄駅までの長い道のりをトボトボと歩いていた時のことだ。前から警察官が2人歩いて近づいてきた。やり過ごそうと思ってよけたら、声を掛けられた。職務質問というものらしい。所持品を見せてくれと言われたので、もっていたカバンを差し出す。中身は授業のテキスト、ノート、筆記用具などである。特に不審な物はなかったとみえて「ありがとうございました」と言い、その場を離れようとした。一体何があったのか興味があったので、試しに聞いてみた。
「何かあったんですか?」
「この付近で下着を盗まれたと通報がありまして…」
「下着ドロボウ…ですか?」
「ええ、あなたが通報された犯人の特徴に似ていたもので。」
「へぇ…そうですか。」といった会話をした後、そのまま別れた。
「俺は下着ドロボウに間違われたのか…。」長い道のりが余計に長く感じられた日だった。その後、その下着ドロが捕まったという報道は、少なくとも自分の耳には聞こえてこなかった。
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ここ1、2年東名高速道路を走ることが多くなった。つい先日も東名をごく普通に走っていた。休憩をとるためにパーキングエリアに止まった時、何気なく車の周りを一周してふと気付いたことがある。タイヤの空気が一本だけ異常に少ない。パンクか・・・と一瞬青くなった。あと走らなければならない距離は200Km以上あるのに。運悪くこのPAにはガソリンスタンドがない。しばらく思案した後、つぎのSAまで走ることにした。売店のおばちゃんによれば、そこまでの距離は16Kmあるとのこと。何とかもつだろうか。
同乗者が4人ほどいたのだが、いたずらに不安をあおぐのもどうかと思い、何も言わずに出発した。通常とばす傾向にあるのだが、さすがにそんな気にならずトラックの後ろをトロトロと走った。高速道路の運転は随分慣れているはずだが、このときはさすがに緊張した。何とか無事に目的のSAに辿り着き、ガソリンスタンドへ。
タイヤを見てもらったら、バルブのゴムが劣化して空気がそこから漏れているとのこと。「交換しますか?」と問われたので「お願いします!」と即答。空気が抜け続けるタイヤを履いてこのまま走れるはずもない。ガススタのお兄さんがこんなに頼もしく思ったことはなかった。同乗者たちにはここで事情を説明。ちょっと驚いたようだが、今何事も起こっていないのですぐに平穏を取り戻した。
手際よく問題の箇所を交換してもらい出発。目的地の到着時間には1時間ほど遅れてしまったが、事故を起こし、最悪命を落とすことを考えれば大したことではない。事故を起こす前にタイヤの異常を気付かせてくれたこと、修理するまでタイヤをもたせてくれたということを天に感謝するものである。出発する前に車の点検はやっぱり必要だ、と感じさせてもらった。
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大学時代に、一時引きこもりのような状態になったことがあった。初めて実家を出て一人暮らしのアパート生活を始め、3年経った頃だった。2~3ヶ月ぐらいだったが、とにかく何をするにもおっくうで、だらけた日々を送っていた。
そのアパートはまだ新築であったが、立地条件はすこぶる悪かったと思う。窓から見える風景は、山と田んぼとJRの線路、そしてその線路の横を走る農道(舗装はしてある)であった。普段聞こえる音といえば、電車の音とアパートの住人がたてる物音ぐらいなものであった。夏の夜となれば、かえるの鳴き声が大音量で聞こえてくる。アパートの建っている場所は、集落のはずれであった。
何をするにも不便さは付きまとった。車でもあれば全然違った生活ができたのだろうが、それは貧乏学生にとっては贅沢というものだ。主な移動手段は「電車」と「自分の足」で、大学へは電車で通っていた。大学は最寄の駅から2つか3つ先の駅の近くにあり、実際駅から大学の校舎が見えた。問題はアパートから最寄の駅までの距離にあった。今思い浮かべるに「遠い」という印象しかない。
人間は霞を食べて生きることはできない。食料を調達して調理をし、それを食べて生命を維持しなくてはならない。しかし、その食料を調達するのにも骨が折れた。駅からアパートに帰るときに、途中で小さなスーパーに寄って買い物をした。途中で寄るといえば聞こえはいいが、実際はかなり遠回りをさせられた。カバンを担ぎ、手にはレジ袋いっぱいになった食料を持って遠い道のりをトボトボ帰るのは結構きつい。心身ともに健康であればそんなこともあまり感じられらないのかもしれないが、体調の悪いときもあったし、気が滅入るときもあった。そんなときの気持ちといえば「最悪」の一言に尽きる。なんでそんなアパートをわざわざ借りたのだろうと、今思えば不思議である。
さて、引きこもり状態にあり、グータラな生活をしていても腹は減った。あの道のりを歩いて食料を調達しなければならないのかと思うと気は重かったが、意を決して外出し、持てるだけの食料を手にして帰ってきた。しばらくはその食料でしのいでいたが、食えば無くなるのは当然のこと、手元に「ペヤングソース焼きそば」ひとつが残された。カップにお湯を注ぎ、3分待つ…はずだったのだが、ゲームに夢中になっていて「ペヤング」の存在を完全に忘れていた。気付いたのは45分後で、慌てて湯きりをしようとするものの何も出てこない。おそるおそるフタを開けてみると、ありえないぐらいに膨張している麺の姿があった。自分に残されている食料はこの「ペヤング」だけだ。ソースをかけてかき混ぜるが、全くソースが麺に絡まない。麺は「これ以上液体を吸収できませんよ」と言っていた。
未だかつてこれ程まずいインスタント焼きそばを食べたことはなかった。「ペヤング」がまずいといっているのではもちろんない。この後、しばらくして引きこもり生活から抜け出した。何で引きこもり生活が始まったのか、何で抜け出したのかは、今思い出そうとしてもよく分からない。
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新聞をみると、たまに英語教材の広告が載っていたりする。さまざまな英語教材の中で一度だけ試したものがあった。「イングリッシュアドベンチャー」というものだ。広告によると今まで240万人以上もの人々が、この教材で学んだらしい。それだけいいものということだろうか。
さて、もともとこの教材に手を出したのは妻であり、彼女がまだ妊娠中に”暇なので”無料視聴に応募したのだ。応募したら早速教材が送られてきた。”家出のドリッピー”・・・初級コースの第一回目である。やめたければ10日以内に送り返せばいいというものらしかったが、ぐずぐずしているうちに10日を過ぎていた。
妻は英語が得意ではない(と思う)。それ以前に勉強が好きではない(と思う)。ではなぜ彼女はそんなもの(教材の販売元には失礼な話だが)に手を出したのか。自分は一度彼女を連れてアメリカで暮らそうとしたことがある。実際に2ヶ月ほどアメリカに住んだ。結論から言えば、大失敗であった。彼女は文化(言語)になじめず、また妊娠初期でつわりがひどかったため、心身ともにまいっていた。そしてひとり日本に帰っていった。そのうち自分も日本に帰ったが、そのことが心に引っかかっているらしかった。仮に彼女が英語に堪能になったとして、それでどうなる問題でもない。しかし、彼女の好きなようにさせておいた。しばらくはヘッドホンをかけて熱心に聴いているようであったが、どれ程の効果を生むものなのか皆目見当もつかない。
・・・1年経って、初級コースが終わったらしい。中級コースに進むかの案内は来ていたようであったが、特に継続する意志はないようだった。子供が生まれていたし、英語への情熱も冷めている。いや、もともと英語力を向上させる気があったのか疑問だ。今となっては妻の英語力がどうであるかなど、”でもそんなの関係ねー”である。ただ”家出のドリッピー”が箪笥の肥やしになっているのは、どうももったいない。そこで一度聞いてみた。普通に面白い話だった。英語に触れなくなってしばらく経つが、記憶を呼び起こすにはいい教材だった気がする。「気がする」というのは、引越しをした時にどこにいってしまったか分からなくなったからで、いま聞こうとしても聞けないからだ。いつの日かひょっこり出てきたら、娘にでも聞かせようか・・・。
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3月20日は父の誕生日である。同じ市内に居ながらも、両親とは別々に暮らしている。なぜか?理由はじつに簡単・・・父と自分、仲がよろしくない。「仲がよろしくない」と言うと、会えばいつもけんかをしているような印象を与えるかもしれないが、そうではない。思ったことをどうもうまく話せないし、特に話すべきこともないといったところだ。1年程前までは、両親と一緒に住んでいた。父と顔をあわせるのは食事をする時ぐらいであり、あったからといって何を話すわけでもない。沈黙に耐えることのできない自分としては、非常に苦痛を伴う時間であった。何か話題はないものかと思案してみるものの、どうも適当な話題が見つからない。その結果、黙々と食事をすることになる。父も今年で75歳になった。考えてみれば、父の誕生日に何かお祝いをしてあげたこともないような気がする。しかし今年は父の誕生日にプレゼントと手紙をあげることができた。自分がではなく、自分にそっくりな娘がである。娘は先日幼稚園を卒園し、今日ばあば(自分の母)と旅行に出かけている。じいじ(父)はお留守番らしい。娘は昨日の夜から、じいじに渡す手紙を準備していた。プレゼントは妻が用意していた。今朝、父は手紙とプレゼントを孫から受け取ったはずである。どんな顔をして受け取ったのだろうか?自分が父に心からのプレゼントを渡せるのはいつだろうか。
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